豆60粒数えてた? ベートーヴェンの逸話を紐解く

カテゴリ: 食のこと

豆60粒数えてた? ベートーヴェンの逸話を紐解く

音楽の巨人、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770–1827)。
彼の作品は、まるで嵐のような情熱と緻密な構築美で聴く者を圧倒します。
そんな天才の創造力の源に、実は 「コーヒー」 があった…

そんな話を耳にしたことはありませんか?

中でも有名なのが、「毎朝、コーヒー豆をきっかり60粒数えて淹れていた」という逸話。
これ、本当にあった話なのでしょうか?
今回は“伝説”と“事実”の間を探りながら、ベートーヴェンの意外な日常を覗いてみましょう!

豆60粒伝説の真偽とは

この話の出どころは、ベートーヴェンのパーソナル秘書を自称したアントン・シンドラー。
彼の伝記によれば、ベートーヴェンは毎朝、コーヒー豆を手で正確に60粒数え、一粒でも数が違えば最初からやり直したといいます。
訪問客がいてもその作業は止めず、集中しきっていたのだとか。

たしかに「一粒単位のこだわり」は、楽譜の一音一音を妥協しない彼らしい話です。
ですが——。

信憑性は…やや怪しい?

現代の研究によると、この60粒の話を裏付けるのはシンドラーだけ。
しかもシンドラーは、ベートーヴェンの会話帳を改ざん・破棄していたことが判明しており、記述の信頼性はかなり低いとされています。
そのため、60粒は“天才を印象づけるための脚色”だった可能性が高いのです。

ただし面白いのは、この数字が意外とリアルでもあること。

中粒のアラビカ豆なら60粒で約7〜8g。

これはトルコ式コーヒーやエスプレッソのシングルショットに近い量で、濃く抽出するにはちょうどいい分量なんです。

当時のウィーンでは、トルコの影響を受けた濃いコーヒー文化が根付いており、ミルクや砂糖を加えて味わうことも多かったとか。

もしかすると、60粒の話は完全な作り話ではなく、実際の習慣に少し脚色を加えた“半分本当”な物語だったのかもしれませね。

記録に残る「ガラスのコーヒー器具」

一方、ベートーヴェンがコーヒー好きだったことは事実だったようです。

彼の死後、1827年に作成された遺産目録には、『Glasapparat zum Kaffee kochen(コーヒーを煮るガラス器具)』という記載があります。

当時のガラス製コーヒー器具は珍しく、後世の真空サイフォンのような複雑なものではなく、もっとシンプルなフラスコ型だったと考えられます。

それでも、わざわざガラス製を選んでいたことから、彼が飲み物に対して並々ならぬこだわりを持っていたことは間違いありません。

音楽の天才を支えた一杯

こうして見てくると、ベートーヴェンのコーヒータイムは、伝説と事実が混じり合った独特の風景を持っていたことが分かります。
豆を数えたかどうかはさておき、濃い一杯はきっと、彼にとって日々の創作のスイッチであり、小さな儀式だったはず。

食にはあまり頓着しなかったと言われる彼ですが、この一杯だけは別。
楽譜の前に腰を下ろす前に、香り高いコーヒーで心を整える。

そんな朝の姿を想像すると、いつものコーヒーも少し特別に感じられませんか?