英国パブのカウンターに浮かぶ、謎の球体の正体は?

カテゴリ: 食のこと

英国パブのカウンターに浮かぶ、謎の球体の正体は?

イギリスの伝統的なパブ。
夕暮れ時に木の扉を開けると、そこには地元の人々の笑い声と、芳醇なエールビールの香りが満ちています。

カウンターで一杯のビールを注文してふと横を見ると、そこには大きなガラス瓶が。
淡い色の液体に、白くつるんとした球体がいくつもぷかぷかと浮かんでいる…これは一体なんでしょうか?

フルーツのシロップ漬け?それとも巨大なオリーブ?
見た目からは想像がつきにくいかもしれませんが、その正体は「ピクルドエッグ(Pickled Egg)」、ゆで卵の酢漬けです。
イギリスの一部地域では、今もなおパブのカウンターに置かれていることがあります。

今回は、そんなイギリスの保存食文化のひとつ、ピクルドエッグの世界をのぞいてみましょう。

冷蔵庫のない時代に生まれた身近な保存食

ピクルドエッグは、固ゆでした卵の殻をむき、酢と塩、スパイスなどを使ったピクルス液に漬け込んだ保存食品です。

その起源は明確にはわかっていませんが、18世紀頃にはすでにイギリスの家庭料理書に登場しており、冷蔵技術の普及前から保存食として親しまれていたと考えられています。

当時、卵は貴重なたんぱく源でしたが、日持ちはしません。そこで、殺菌効果のある酢を使って長期保存できるよう工夫されたのです。

これは、日本の漬物文化とも通じる「常温で食材を保存する知恵」のひとつですね。

ピクルドエッグは、特別な器具も冷蔵庫も不要。瓶に漬けておくだけで、いつでも手軽に食べられる。
こうした実用性から、家庭で手作りされる常備食としても定着していきました。

すぐに出せてビールが進む優秀おつまみ

家庭で作られていたピクルドエッグが、なぜパブのカウンターに並ぶようになったのでしょうか。
その背景には、パブが「Public House(公共の家)」と呼ばれる、地域の交流の場だったという歴史があります。

仕事終わりの労働者たちが集まり、会話とビールを楽しむ場所で、さっと出せる軽食はとても重宝されました。
火を使わずに提供でき、日持ちもするピクルドエッグは、まさにうってつけの選択肢だったのです。

さらにもうひとつ、注目すべき理由があります。
ピクルドエッグの塩気と酸味は、飲み物への欲求を刺激するんです!

ビールを飲みながら一口かじれば、その酸味が喉を刺激して、自然ともう一杯飲みたくなる…。
おつまみとしての機能性が高く、結果的にビールの注文を促す存在でもあったのですね。

そう考えると、カウンターのガラス瓶は単なる飾りではなく、店主たちのちょっとした経営戦略の一部だったのかもしれません。

シンプルだけど奥深いピクルドエッグの楽しみ方

「卵の酢漬け」と聞くと、酸っぱいだけの単調な味を想像する方もいるかもしれません。
けれど、実際にはその味わいはとても繊細です。

ひと口かじると、まず白身のキュッと引き締まった食感とともに、ビネガーの爽やかな酸味が広がります。
それに続くのが、しっとりとした黄身の濃厚なコク。この2つのコントラストが、シンプルながらも絶妙なハーモニーを生み出しているのです。

イギリスでは、瓶からそのまま取り出して塩こしょうを少し振るだけ、というシンプルな食べ方が一般的。
そしてビールと一緒に、かぶりつく!これが伝統的なスタイルです。

また、特に北部の地域などでは、「エッグ・イン・ア・バッグ」と呼ばれる楽しみ方もあります。
これは、ピクルドエッグをポテトチップス(イギリスでは“クリスプス”)の袋に入れ、軽く砕いて混ぜ合わせるという方法。卵の酸味とチップスの塩気が混ざり合って、ユニークなジャンクフードとして親しまれています。

イギリスでの思い出にピクルドエッグはいかが?

一見すると「なんだこれは?」と驚かれるピクルドエッグですが、その素朴な姿の中には、長い食文化の歴史と生活の知恵が詰まっています。

残念ながら日本ではあまり目にする機会がありませんが、もしイギリスを訪れることがあれば、ぜひパブでこんな風に注文してみてください。

“A pint of beer and a pickled egg, please!”(ビール一杯とピクルドエッグをひとつ!)